オリジナル家具・金物の上手工作所

個性的でクセが強くて、おもしろい予感しかしない人たちに、あれこれ聞いてみる企画。
“一日一感動”を掲げる感動マニアの弊社代表・徳田が掘り下げていきます。

※問俱(とうぐ)とは
「具」には家具や道具の意味があり、「俱」は、にんべん=人+家具から成る文字。
「人と家具について問う」という意味をこめたタイトル。


2回目のゲストは、建築家の橋口新一郎さん(橋口建築研究所代表)。
商業施設や住宅、神社や文化財などの文化施設も手がけ、国内外での受賞も多数。
「織物の茶室」「和紙の茶室」など日本の伝統的な技術や感性を生かした茶室を発表し、国内外で高く評価されています。
いつも赤いパンツを愛用しているので、愛称は「赤パン先生」です!

橋口新一郎さん


始まりはダンボールとベニヤから

徳田 最初に橋口さんにお会いしたのは12、3年くらい前かな。
「和紙の茶室」を作られていた頃ですね。
なぜ和紙で茶室を作ろうとしたか、なぜそこを目指したのか、スタートをまずお聞きしたいです。
茶室が橋口さんのライフワークになってますね。

橋口さん そうですね。最初はダンボールとベニヤだったんです。
大阪の小さなギャラリーで、当時教えていた専門学校の卒業設計展がありました。
学生たちの作品が並んでる真ん中にポコッとスペースが空いていて、当時の校長先生がそこに何か作ったら、と。
「茶室やな、ダンボールとガムテープで作ったらいいんじゃない」って適当な感じで言われたんです。
そこでは僕が一番下っぱだったんで、「じゃあ僕が図面書きます」と。

徳田 (製作期間は)とても短かかったそうですね。

橋口さん 2日間で図面を書いて模型を作って、
3日目に発注して、
4日目5日目で製作して、
1週間展示、みたいなタイトなスケジュールでした。

ダンボールだけだと強度が不安だったのでベニヤも使ったんですが、
ホームセンターで安価で手に入る材料に手仕事を加えたら、空間が劇的に変化することを
学生たちと一緒に勉強したプロジェクトでしたね。
完成後に学生たちと一緒にお茶会もしました。
これが新聞に載って、色々と声をかけてもらって、京都の国立近代美術館でも展示させていただきました。

徳田 拝見しました。完成度高いですよね。

橋口さん 例えばこの床板の部分、普通だったら底上げして表面だけダンボールにすると思うんですけど、
人間の感覚って思っている以上に鋭いからすぐバレるじゃないですか。
奥までちゃんと、3千本ぐらいの短冊のダンボールが敷き詰められてるんです。

徳田 3千本!?

橋口さん はい、3千本。
こういうのを正直に作りましょうね、ということを学生たちと一緒に勉強しました。

人生を決めた「和紙の茶室」

橋口さん その後、また別の美術館からの依頼がありました。
最終的には実現しなかったんですけど、それを進めているときに、
越前和紙の製造会社さんと表具屋さんが相談に来られたんです。
「私たちは和室がなくなったら仕事がなくなるんです」と言われて、なるほどなと思いました。
僕も建材として使ってましたし、和紙に触れる機会もありましたが、深くは知らんな、と。

すぐに越前に行って、職人さん全員と話をしました。
手すきで作られたとても繊細な和紙ですが、作っては倉庫に積み上げる、という状態だったんです。
日本ではあんまり売れなくて、海外ではちょっと売れるみたいでしたが、とにかくジリ貧の業界でした。

徳田 この「和紙の茶室」はすごいですね。ミルフィーユですね。
和紙の茶室
橋口さん この形が最初から出てきたわけじゃないんです。
積み上げられていた紙を見て、キレイな紙を一枚取って、ビリっと破ってクシャクシャにして、広げてみたんです。
みなさんドン引きしてましたけど。

伝統や文化って、一足飛びにできるものではないし、革新的なことが繰り返されてやっと形になるものですよね、
と話をしたら理解してくださって、「何か作ろう」という話になりました。

街を歩いていると、街中にコウゾ(※1)の樹皮を取った後の枝が転がっていたので、それを構造体として使いました。
越前和紙の製造会社さんが廃番になった襖紙を提供してくださいました。
材料にしたらすごい金額だと思うんですけど。
それを揉んで串刺しにするだけっていうものを考えました。

徳田 周りから「無理です」みたいな声はなかったですか?

橋口さん なかったんちゃいますか。
おこがましいかもしれませんけど、みんな信じてついてきてくれました。
なんか形になるんじゃないかなっていうのがあったんじゃないですかね。

大阪の事務所で2ヶ月、ボランティアの方に、ただただ和紙を短冊状にしてもらって。
室内でモックアップ(※2)を作ったら、1.8mくらいの高さは簡単に積み上がったので、サクッとできるわと思ってました。

この茶室は西大寺で催される〝大茶盛式(おおちゃもりしき)〟に合わせて展示したんです。
(お茶会前日に)朝から庭に作り始めて、15時頃に3分の2の高さまで積み上がったので、
17時くらいには終わるなと思っていたのですが、だんだん積み上げた高さより沈んできたんですよ。
そこで初めて、和紙が夜露を吸い出して重くなったことに気付いたんです。
モックアップは室内で作っていたので夜露は問題なかったんですね。

結局、夜中の1時までやっても3分の2しか届かなくて、えらいこっちゃと。
疲労困憊だったので3時間だけ寝て、お茶会は10時からでしたが10時半まで作業をして、
何とかギリギリの高さになりました。

徳田 それはすごい感動ですね。

橋口さん それはもう。
こんな線は絶対描けないし、自然に生まれた造形美やなと。
しかも廃番になった和紙が形を変えてこんなに魅力的なものになったことに心が動かされました。

建築は、家を建てるとかお店を出すとか、ハッピーな時に依頼があるんですけど、
ジリ貧の伝統的な技術とか感性を復興させることができるんだと思って。
こういうことが、僕が建築家としてやりたかったんやと逆に気付かされて、
ものに対する考え方がガラッと変わりました。

2014年のこの作品がその後の人生を決めたと思います。

※1 和紙の原料の一つ ※2 模型

富士山に茶室を作る「意義」

富士山に茶室

橋口さん (富士山に「織物の茶室」を作る話は)数年前からいただいてたんですけど、ちょっと気持ちが乗らなくて。

徳田 そんなワガママ許してもらえるんですか!?

橋口さん うん、関西人やから。笑
で、いよいよやらなアカンとなって、それをやる意義を探しに富士山に登ったんです。

富士山、登ったことあります?

写真の通り、ほんまに45度なんですよ。
裾のほうで平地になってきて、やっと人が住める状態になるんですね。
そこで生活するには生業が必要だから、川のそばで蚕産をはじめるんです。
それが〝甲斐絹(かいき)〟という絹糸の産地(山梨県)なんですけど、
その集落では川と密接な生活がうかがえるんです。
その集落の全部の通りを歩き回っていたら、赤い屋根で赤い壁のちょっと大きな邸宅があって、
よくよく見たら雨一粒も無駄にしませんみたいな雨樋の作りで、それに水路を家の下に引き込んでまた出してるんですよ。

めっちゃ面白いなと思って「こんにちは!」って。

徳田 ノーアポで。突然、赤パンで。笑

橋口さん 僕こういう理由で富士山に登ってきたんですと言ったら、
ああそうか入れ入れ、っておっちゃんが入れてくれて。
なんとそこは絹糸を紡いでる製糸工場だったんです。
そのおっちゃんが言うには、昔は機械を一回ガチャンと動かすだけで1万円儲かるような時代があったそうです。
そんな話を色々聞いて、また街を歩きました。

絹を作ったら、絹糸を使って織物を作ったり染めたりする職人さんたちが増えてくるんです。
やっぱり川と密接に生活してるんですよ。
絹糸や染めた布をさらしたり、色々と水を利用して生活して、そういう集落がだんだん大きくなってきて。

次はお金に換えないといけないから両替町ができて、銀行がダーッと並んで、そこでお金に換わるわけですよね。
お金に換わったら今度は遊ばないといけないから、歓楽街ができたんです。
歩いてると、そういう街が生まれていくプロセスが見えてきて、めちゃくちゃ面白いなと。

そんな話を先ほどの社長にしてたら、これ持っていけと、すごく貴重な絹糸をバサッとくれたんですよ。
「俺、このおっちゃんのためにやろう」と思って。
日にちも限られてたんですけど2日かけてネットワークを作って、
スポンサーになってくださいって関わりのある企業さんや新聞社とかにもいったりしてね。

徳田 そういうことが仕事の原動力になってるって、めちゃくちゃいいですね。

橋口さん そう、富士山の時も山小屋でいただいた絹糸を使って糸を張ったりしながら、
途中はもう何してるんやろと思うんですけど、
でもやっぱりやる意義はそこにあるんやなって思ってるんです。

〝モノ〟だけ作ってたらいい時代は終わって、次に〝コト〟づくりをやり始めたじゃないですか。
〝モノ〟を売るための〝コト〟づくり。
それも、もうとっくに終わってる。

その次がもう始まってますけど、〝意義〟づくりっていうんですかね。
意義を考える時代になってて、そういうのをやってる感じですね。

和紙の茶室 外観

和紙の茶室 室内

ルーブル美術館の前に茶室!?

徳田 あの話を最後に聞かせてください。ルーブル美術館の野望を。

橋口さん ルーブル美術館はもともとルーブル宮という宮殿だったんですけど、
そこにイオ・ミン・ペイという建築家がガラスのピラミッドで美術館を建てることになって、
最初は世界中から大反対されたんです。
でもそれができたおかげで世界一有名な美術館になったじゃないですか。
それを考えると、新しいものだけでは絶対面白くなくて、
新しいものと古いものの対話ってすごく大切だと思うし、そこに心が動かされるわけですよ。

ルーブルの前でね、ルーブル宮とピラミッドの前で、和紙の茶室を作れたら面白いなと思って。
センセーショナルなことになるでしょ。
そういう野望は持っています。

徳田 すごく自由で、こんなに楽しんでる方はなかなかいないですね。
勇気をもらえました。ありがとうございました。
橋口新一郎さん


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誌面ではご紹介しきれなかったストーリーをぜひご覧ください。